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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)799号 判決 1954年12月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示第一の事実につき懲役参月に原判示第二、第三の事実につき懲役参月に処する。

但し、本裁判確定の日から、五年間、右各刑の執行を猶予し、同期間、被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高井貫之の控訴趣意書を引用する。

第一第二点について。

論旨は、原判示第二の詐欺の点については、理由のくいちがい、事実誤認、訴訟手続違反、法令違反があると謂うにあるが、この点について、被告人は、原審公判廷で、自白して居り、これが補強証拠として、被害者早川さかゑの司法巡査に対する供述調書があるので、この詐欺の事実は、十分に認定することができる。即ち、被害者早川さかゑの供述によれば、被告人が早川さかゑ方を訪れ、原判示の通り、さかゑの実母から依頼もあつたように虚偽の事実を申し向けて、さかゑを信用させ、貸借名下に現金二千円を受取つて立去つたので、さかゑは直ちに実母に電話して問合せたところ、被告人がさかゑに申し向けたことは全くのでたらめで、さかゑが欺されて、金を出したことが判明したから、さかゑは、直ちに警察に届出でて即日供述調書が作成せられたことが明らかに認められる。従つて、捜査機関の方で、本件詐欺の事実に予断を抱いて、さかゑを誘導尋問したとは思われない。これ等のことは、当審で取り調べた証人早川公明の証言で明らかに認められるところである。従つて、かかる明らかな詐欺の事実について、原審が、所論に主張のように職権で証拠調をしなかつたことは、原審の自由心証主義に基く自由裁量に属することで、これを論難する論旨は採用できない。又被告人が詐欺の公訴事実を理解しないで、自白したとも思われない。本件のような簡明な詐欺の公訴事実について、被告人が起訴状を受取り、その後、弁護人の保護の下に、公開の法廷で、供述するのに誤解して、自白したとは到底思われないところである。又仮りに被告人が後日返済の意思があつても、二千円の貸借をするに当り、本件のような欺罔手段を用い、被害者もまた欺罔された結果、貸借するに至つたときは、詐欺罪が成立するものであつて、本件においても、被告人に返済の意思があつたかなかつたかについては、何等の認定をしていないのである。従つて、被告人の領得の意思を確認する上からも、原審の認定及び手続に違法の点はない。

右のように原審が詐欺の事実を認定したことは、理由のくいちがい、事実誤認、訴訟手続上の違背もないから、原判決が刑法第二百四十六条第一項を適用し、原判示第三の窃盗罪と刑法第四十五条の併合罪であるとし、同法第四十七条、第十条により、法定の加重をしたのは、正当で、この点について法令違反はなく、論旨は、理由がない。

同第三点の事実誤認の論旨について、

被告人は、原判示の通り、昭和二十九年三月二十日中津川簡易裁判所で窃盗罪により、懲役一年、三年間刑の執行猶予の判決を受け、該判決は確定し、その直後本件第二、第三の犯罪を犯したのであつて、この点情状は軽くないけれども、原判示第二の被害者は、知合関係で、被害の弁償も受け寛大の処置を嘆願して居り、原判示第三の被害も多額のものでなく、弁償も為しているので、被告人の年令、家庭の事情等から考えて、実刑に処するのは、苛酷のように思われる。原判示第一の各窃盗は、前科の刑と同時に審判せられたとすれば、被害金額も少いし、被害者も当時の勤先の同僚であつて、これ等の者のポケツトから現金を抜き取つたもので、被害も弁償されているので、前科同様、刑の執行猶予の判決を受けたと思料せられる関係にある。本件は、刑第五十条の関係で、刑が二個になつて居るが、同時に裁判を受けるのであるから、二個の刑とも執行猶予をしても、三度執行猶予したものと解すべきでなく、刑法第二十五条の二の再度執行猶予を為す場合に該当するものと解すべきである。

而して本件の第一乃至第三の罪を綜合し、前科の刑とを比較し、これと同時に裁判しても、被告人の犯行の動機、家庭の事情、年令等から見て、刑の執行猶予を為すのが相当と思料せられるので、原判決が被告人に実刑を科したのは、量刑上、妥当を欠くものとして、破棄を免れない。論旨は、理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十一条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書により、次の通り判決する。

犯罪事実並に証拠の標目は、原判決を引用する。

法律に照すに、被告人の原判示第一の各窃盗は、刑法第二百三十五条に該当するところ、これと原判示の確定判決の罪とは、同法第四十五条後段の併合罪であるから、同法第五十条に則り、同法第四十七条、第十条により窃盗罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役三月に処し、原判示第二の詐欺は、刑法第二百四十六条第一項に、原判示第三の窃盗は、同法第二百三十五条に該当するが、右は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条により、重い窃盗の罪の刑に法定の加重を為し、その刑期範囲内で、被告人を懲役三月に処するが、前記の通り、犯罪の情状刑の執行を猶予するのが相当と思料せられるので、刑法第二十五条、第二十五条の二により、本裁判確定の日から、五年間、右各刑の執行を猶予し、同期間、被告人を保護観察に付することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条により、全部被告人に負担させる。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 赤間鎮雄)

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